生きている時も仏の愛そのものだと気づいた!

悟り・宗教

(佐藤康行著書「生命の覚醒(いのちのめざめ)」より引用)

 

 

仏教の言葉に「即身成仏」という言葉があります。この身このままで仏であることを悟る、ということです。

 

私たちは生きていても死んでも仏であり、いつも救われているのです。私たちは真我を開くことによって、まさにこの身このままで仏であるということを悟ることができるのです。

 

静岡で仏壇店を経営する伊藤裕治さん(仮名・36歳)は、その仕事がら、死ということばかりに目がいっていました。

 

そこに、十三年連れ添った奥さんが亡くなって、余計に気持ちが死の方向に向かっていました。この仕事をしているからこうなるのかと、仕事自体にも疑問を持ち始め、仏壇店をやめようと考えていました。

 

そんなある日、知人から真我開発講座のことを教えられ、受講することになりました。そして、彼も真我に目覚めることができ、今までにない大きな感動を味わいました。

 

「ワッ、これだ!これが本当のボクなんだ!と気づいた瞬間、涙が溢れて止まらなくなりました。もう無性に泣けました。あの時のことは忘れません。今までボクは、人前で泣くようなことはなかったんです。父が亡くなった時も、妻が亡くなった時も、変にカッコつけていて泣けなかったんです。それがあの時は、本当にワンワン泣いちゃいましたよ」

 

そして今彼は、傾きかけていた事業を見事に立て直し、イキイキと仕事をしているのです。

 

「今は、下請け職人の仕事を取ってくることができると、それが無茶無茶嬉しくて・・・。帰り道、トラックを運転しながら、職人さんたちの喜んでいる顔を思い浮かべると泣けてくるんです。

 

それと、お客さんにも本当に喜んでもらえるんです。この間も、古い仏壇をリサイクルしてきれいにしてあげたら、『ありがとう』っていって、七十歳くらいのおじさんが、うちのトイレでオイオイ泣くんですよ。こんないい仕事ないなあって思います。それを、やめようとしていたなんて・・・。今はもう、ただありがたくて、一生懸命がんばろう!って思っています」

 

伊藤さんは、今まで死ぬということと生きるということに境目があって、死ぬということは悪いこと、生きることはいいことだと捉えていました。

 

そして、自分の仕事は死を扱う暗い仕事だと思い込んでいました。しかし、そんな彼も、講座を受講して、自分が仏であるということを悟ることができたのです。死んで初めて仏になるのではなく、生きているときも仏の愛そのものなのだと気づいたのです。

 

そのことによって、今生かされていることに喜びを感じ、まわりの人たちに感謝の気持ちが湧き、その感謝の心が涙となって現れたのです。

 

そして、仏壇店という仕事を、今までは暗い仕事だと思っていたけれど、そうではなく、仏の心を広める仕事だということに気づいたのです。それは決して暗い仕事ではなく、生死を越えて、本当の命の大切さ、命の喜びを人々に伝える仕事だということがわかってきたのです。そのことによって、今までは仏壇店という商売を卑下していたのが、逆に誇りを持てるようになったのです。心が変わったのです。

 

まさに私たちは、この身このままで仏なのです。この身このままで、本当に素晴しい自分なのです。本当に自らが仏であると悟りきることを、仏教では解脱(げだつ)ともいうのです。そして、その心はどんな人にも備わっているのです。そのことに気づくことができれば、伊藤さんのようにいつも嬉しくてありがたくて楽しい、そんな毎日を送ることができるのです。

 

 

(佐藤康行著書「生命の覚醒(いのちのめざめ)」より引用)

 


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